大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 平成8年(ワ)489号 判決 1997年8月26日

主文

一  被告は、原告Bに対し、金六五四万三三三六円及びこれに対する平成四年三月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告Cに対し、金三二七万一六六八円及びこれに対する平成四年三月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告Dに対し、金三二七万一六六八円及びこれに対する平成四年三月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、訴外社団法人桂浜貝類博物館の債務につき、連帯保証人の一人であった訴外Zが右債務を弁済したことにより、右訴外Zの相続人である原告らが、他の連帯保証人の一人である被告に対し、求償金を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

1  訴外社団法人桂浜貝類博物館(以下「訴外法人」という。)は、昭和五三年六月一九日、訴外株式会社四国銀行(以下「訴外銀行」という。)から金一億八五〇〇万円を借り受け(以下、「本件借入」という。)、訴外Z、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N及び被告は、右訴外法人の債務を連帯保証した(当事者間に争いはない。)。

2  右訴外銀行は、右訴外法人が債務の支払をしないので、右訴外法人及び前記連帯保証人らに対し、右貸金の返済を求める訴訟を提起し、右訴外法人及び連帯保証人らが右請求を認めたため、右訴訟は、平成三年三月、原告である訴外銀行の勝訴で確定した(当事者間に争いはない。)。

3  しかるに、訴外法人が任意に訴外銀行に対し右貸金の返済をしなかったため、訴外銀行は、平成三年五月一日強制競売開始決定を得て、訴外Zの所有不動産に対し強制執行の手続をしてきた。

そこで、訴外Zは、訴外銀行との間で折衝をなし、平成四年三月三〇日、訴外銀行に対し、昭和六三年一〇月時点における右貸金元本一億四一二七万円及び競売手続諸費用並びに印紙代金二六八万三四〇〇円の合計金一億四三九五万三四〇〇円を支払った。

(当事者間に争いはない。)

4  訴外Zは、平成六年二月一一日死亡した。

右訴外Zの相続人は、同人の妻である原告B及び訴外Zの子である原告C、同Dである。

(当事者間に争いはない。)

5  なお、前記連帯保証人の一人である訴外Nが死亡したことから、昭和六一年一二月一八日、訴外Z、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M及び被告は、訴外銀行、訴外法人及び右訴外Nの相続人との間で、本件借入債務に関し、右訴外Nの連帯保証債務を免除する旨の約定を締結し、右訴外Nを除くZら一一名は、従前どおり訴外銀行に対する訴外法人の債務を連帯保証する旨あらためて合意していた<証拠略>。

6  そこで、原告らは、被告に対し、民法四六五条に基づき、原告Bについて金六五四万三三三六円、原告C及び原告Dについて各金三二七万一六六八円並びにこれらに対する平成四年三月三一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  被告の主張

1(一)  訴外株式会社桂浜シェルパレス(以下「訴外会社」という。)及び訴外法人は、貝類を展示する博物館を建設、運営することを目的に設立されたものであるが、訴外Zは、これらの設立、開設について主導的立場にあったものである。

(二)  訴外会社は、昭和四六年ころ、観光地「桂浜」への進入道路に沿った土地を取得しているが、被告は、訴外Zあるいは訴外Gに依頼されて、右土地取得の仲介をしたもので、訴外Zあるいは訴外Gから要請され、右仲介の謝礼相当額をそのころ設立された訴外会社に出資した。

他の本件連帯保証人が訴外Zと親族関係にあったり、その一族と親密な関係にあった者であるのに対し、被告は、訴外Zの選挙運動に若干関わったことがあるにすぎない。訴外会社及び訴外法人との関わりにしても、被告は、右土地取得の仲介や訴外会社への出資をしたにすぎず、名目上訴外会社の取締役に就任しているが、訴外会社ないし訴外法人の業務には一切関与していない。

(三)  被告が、訴外法人の本件借入について連帯保証人の一人となったのは、訴外Zに要請されたからであり、被告は、右連帯保証するに際し、訴外Zから、一切迷惑をかけることはない旨明言されていたものである。

2  以上のとおり、訴外会社ないし訴外法人の設立、運営は、訴外Z一族の事業であるところ、被告と訴外Z一族あるいはその一族の事業との関係は、本件連帯保証人のなかにあっても格別希薄であり、被告とすれば、訴外Zから一切迷惑をかけないといわれて本件借入の連帯保証人になったのであり、訴外Zから求償請求されるとは全く考えていなかったし、訴外Zとしてもその意思はなかったものである。

このような事情からすれば、被告が本件連帯保証をするに際しては、被告と訴外Zとの間において、被告の負担部分は零とする合意がなされていたというべきである。少なくとも、被告と訴外Zとの間において、被告に対し求償請求しないとの合意が成立していたというべきである。

三  争点

1  被告の負担部分が零であるとの合意の成立があったか否か。

2  被告に対し求償請求しないとの合意があったか否か。

第三  争点に対する判断

一  被告の負担部分が零であるとの合意の成立があったか否か。

1  まず、<証拠略>によれば、訴外会社が、昭和四六年ころ、観光地「桂浜」への進入道路に沿った土地を取得した際、被告が、訴外Zに依頼されて、右土地取得の仲介をしたこと、訴外Zから要請され、右仲介の謝礼相当額をそのころ設立された訴外会社に出資し、同社の取締役に就任したこと、被告が、訴外Zの選挙運動に関わったことがあったことなどの事実が認められ、そして、被告は、その本人尋問及び乙第一四号証において、被告が、訴外法人の本件借入について連帯保証人の一人となったのは、訴外Zに要請されたからであり、被告は、右連帯保証するに際し、訴外Zから、一切迷惑をかけることはないといわれた旨供述する。そして、証人Iも、その尋問及び乙第一二号証において右被告本人の供述に沿う証言をする。

しかしながら、本件連帯保証債務を負担するに際して、訴外Zから迷惑をかけない旨いわれたとの被告の供述は、訴外Zからそのようにいわれたということ自体具体性がなく、発言内容自体もあいまいで、証人Iも、訴外Zと被告の人的関係に則してこのような発言があって然るべきであるというもので、あくまでも推測で証言しているにとどまり、他にそのような発言があったことを裏付けるに足りる証拠もない。また、仮に訴外Zからそのような発言があったとしても、その内容が必ずしも明確ではなく、これが被告の負担部分を零とする明確な合意の成立とみることもできない。

2  また、確かに、<証拠略>によれば、訴外Zは、高知県<略>の名家の長として、また、全国的に著名な政治家として、訴外会社の設立に賛同し、当初代表取締役に就任していること、訴外法人の設立にも努力し、本件借入についても訴外銀行と交渉し、右借入金により建設する博物館についても、設計依頼や請負契約を締結するなどその事業に深く関与していた事実は認められる。

しかしながら、一方、<証拠略>によれば、訴外Zは、昭和四九年以降参議院議員の地位にあり、昭和六〇年には労働大臣に就任し、国政に携わっていたものであり、その政治活動のために、訴外会社の代表取締役は昭和四九年四月に退任し、訴外会社及び訴外法人の経営や業務運営は高知県<略>に在住していた訴外Eや同Lらにおいて全面的に行っていたことが認められるものであり、右訴外Eや同LらはZ家の血縁でもなく、本件連帯保証人のなかには訴外ZやZ家と単に親交があったにすぎない者も含まれており、このような諸点に照らせば、被告の主張するように、訴外法人の経営等が訴外Zの事業とまでは認定することはできない。他方、被告は、右訴外Lの親族である前記Iの知人であり、昭和四六年の参議員選挙前から訴外Zの後援会活動をしていたものであり、また、被告が訴外法人の運営に関する会議に出席していたことも認められ、以上からすれば、被告が主張するように、被告と本件事業との関係が、他の連帯保証人に比して格別に希薄であり、他の連帯保証人と全く異なる立場にあったということもできない。

右にみた本件事実経過に照らせば、昭和五三年六月の本件借入に際し、また、昭和六一年一二月に、訴外Nの連帯保証債務を免除する旨の約定を締結し、右訴外Nを除く連帯保証人らが従前どおり本件借入債務を連帯保証する旨あらためて合意した際にも、訴外法人の経営や業務運営は訴外Eや同Lらにおいて全面的に行われており、自己の政治活動に忙殺され、実質的に訴外法人の運営に全く関与していなかった訴外Zが、自ら実際上の主債務者となり、特に被告に対してその負担部分を零にするなど他の連帯保証人と異なる内部負担割合を承認し、これを合意したということも認め難いところである。

3  以上のとおり、訴外Zと被告との間において、被告の負担部分を零とする合意が成立したと認めるに足りる的確な証拠はなく、また、これを推認するに足りる証拠ないし間接事実も見いだし難いといわざるを得ない。

したがって、被告の右主張は理由がない。

二  被告に対し求償請求しないとの合意があったか否か。

1  まず、訴外Zが、いついかなる事情のもと、被告に対し求償請求しない旨の意思を表示し、訴外Zと被告との間においてその旨の合意が成立したのか、被告は具体的に主張しないし、本件全証拠を検討しても、そのような合意の成立をうかがうに足りる的確な証拠もない。

2  もっとも、他の連帯保証人らが被告となった別件求償請求事件<証拠略>において、同人らは訴外Zとの間で求償請求しないとの合意が成立した旨主張しているところ、本件被告においても右と同様の主張をしていると解されないわけではなく、なお念のためこの点について判断するに、その主張の要旨は以下のとおりである。

すなわち、訴外法人は、設立当初から入館者が少なく、毎決算期毎に赤字が計上され、訴外銀行から本件借入の返還訴訟が提起されるなどその存立が危うい状況となっていたところ、この局面を打開するため、訴外Zは、平成三年五、六月ころ、本件連帯保証人ら本件事業の関係者に対し、友人である訴外P(以下「訴外P」という。)から二億円の融資が受けられること、その後の訴外法人の経営などは訴外Pがこれを行うこと、訴外法人の一切の債務は訴外P及び訴外Zにおいて引き受け、被告ら本件連帯保証人らには責任を負担させないこと、訴外Zを除くこれまでの本件事業関係者らの訴外法人に対する債権などは一切放棄することなどの提案をなし、協議の結果、被告ら本件連帯保証人らはこれを承諾し、同年七月一六日には訴外法人の理事会が開かれ、右合意にそった決議がなされ、右七月一六日には、本件借入については、訴外Zと被告らとの間において、求償請求しないとの合意が成立したというものである。

確かに、<証拠略>によれば、右主張のとおり、訴外Pから融資を受けて訴外法人の負債を整理し、今後の訴外法人の運営等を訴外Pに委ねる旨の提案がなされたことが認められるが、その提案全体の内容や趣旨は、訴外Zが訴外Pからの融資金二億円で弁済できない債務について責任を持つとの内容の提案であり、その融資が実行されれば退任する役員などは債務の責任を負わないとの趣旨であることが認められるのであって、また、従来の本件事業関係者らが、右提案に応じて、訴外法人に対する債権の放棄や訴外会社の株式の譲渡、役員の変更をしていることも認められるが、これらの行為は訴外Pから二億円の融資を受けるための準備的行為とみられるべきものであり、訴外Zにしても、訴外銀行に対する本件保証債務の履行を免れることを目的としていたのであるから、二億円の融資が現実になされることを前提としていたもので、それが実現しない場合まで、被告ら本件連帯保証人に求償請求をしないことを約したものとは考えられない。すなわち、訴外Pからの融資が実行されることを前提としないで、訴外Zが、被告らに対して本件求償金の請求をしない旨合意したとは到底認めることができない。

3  右のとおりであって、被告に対し求償請求しないとの合意があったとの具体的な主張、立証もなく、右のとおり被告の主張を善解したとしても、その主張を認めるに足りる的確な証拠もない。

したがって、被告の右主張も理由がない。

第四  結論

以上の次第であって、原告らの請求原因事実は当事者間に争いがなく、被告の主張はいずれも理由がないから、訴外Zの被告に対する求償金請求権を相続した原告らの本件請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例